2017年03月10日

【レオ】品性が大事 魂の善悪の分かれ目

儒教で言われる「君子」という言葉には、「品性」の出来た人間、という意味合いが含まれるそうだ。安岡正篤さんの言葉。

司馬遼太郎さんは、武士たちによって保持されてきた日本人の「品性」ということを語っている。

「自助論」を書いたスマイルズは、幸福の科学の霊言に登場して、品性や人格について書いている著作について語っている。
自助論のもう一つの側面には、「人格を高める」という意味があって、これが大切だと述べています。

品性とは何だろう。

上品、下品、という言葉がありますが、
八正道の観点でたとえば考えてみたら、

上品な人は、言葉づかいも丁寧でしょう。しかし、下品な人は、言葉づかいが下劣ですね。

あるいは、

上品な人は、その心根が善性で満たされていて、優しい心の持ち主だろうけれど、
下品な人は、自分勝手で、わがままであったり、要するに、エゴイストの自己中、すなわち、霊的に言うと、悪霊的な心であることが多いのではないか。

正語、正思、さまざまな観点で見ても、その心の状態の善悪が、歴然と見分けられる。

品性の出来た人間と、出来ていない人間。
上品な性質の人と、下品な人間の違い。
それは、心の状態の良し悪しに、その多くを負っている。

言葉を見ればわかるし、その元にあるのは、心ですね。心の良し悪しがあって、それが言葉の美しさと汚さになって、現れている。

世の中には、さまざまな人間がいて、そこには当然、品性の高い人間と、下品な人間が、玉石混交の状態で混ざって生きています。

ネットにも、その縮図の世界が展開しているから、
当然ネット世界にも、品性の高い人もいれば、下品な人間もいる。

姿形は見えないことが多いですが(写真でも掲載していない限り)、
言葉が展開する世界ですから、
その人の語る言葉を見れば、品性の良し悪しは、おのずと明確に分かれることでしょう。

品性の高い人は、善を志向し、言葉も丁寧だし、その思いも生産的で発展的、愛と喜び、優しさ、同情心、そういう思いが多いのではあるまいか。

一方の、
品性の悪い人は、自分勝手な文句だとか、不平不満、他人の悪口、そういう自分を棚に上げての、他への文句ばかりを言っている。生産的で、あたたかな思いだとか、人間としての優しさに欠けている。

こういう違いを見たら、魂としての善悪。天国的な魂であるか、地獄的な魂であるかが、まさに、その言葉づかいに表れる「品性」の違いとして、あからまに表現されている。

清水富美加さんの自著のレビューを見ると、さまざまなレビューが寄せられています。
その他の本や映画の感想などでも、ネットでは、意見をもの申したい人のレビューが多く出回りますが、
どんなに面白い本や映画であっても、偏屈で否定意見を述べている人が必ずいますね。で、その人の意見は、単なる自己中な不満に過ぎず、じゃあ、あなたは何か素晴らしいモノを持っているのですか?と問うたら、そんなものは有りはしない。
不平不満ばかりを言っている人間には、注意しましょう。それは単なる、毒でしかないのだから。ネットに出ているといっても、重要な発言というわけでもない、単なる一人の毒舌が、活字になっているだけのこと。

ネットにおける発言の玉石混交というのは、無名の個人の発言に過ぎないのに、それがまるで大きな発言であるかのように、過大に評価して反応してしまうことにも、あるのかもしれません。無視がいちばんです(笑)。

善き言葉を語りましょう。
善き思いを抱きましょう。
正しく一生懸命に生きている他の人に対しては、優しさと、同情心と、出来うれば、応援して励ます人間愛が欲しいものです。
その心は、必ずやその人の語る言葉にも、善き言葉づかいとなって表れる。

下品な言葉づかいをする人は、その心根自体が下品です。
品性の高い人間が、下品な言葉づかいや、暴言悪口を言い続けて、善き言葉をまるで言わない、なんてことはあり得ないことですから。

言葉を見れば、その人の「品性」がいかなるものかが、わかる。
品性の大切さ。忘れずに生きてゆきたいですね。







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posted by ガンレオ at 12:15 | Comment(0) | レオブログより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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