2017年02月27日

【レオ】レオナルド・ダ・ヴィンチ 〜「ルネサンスの歴史(下巻)」より〜

ルネサンスの歴史 (下) 反宗教改革のイタリア (中公文庫) -
ルネサンスの歴史 (下) 反宗教改革のイタリア (中公文庫) -

(レオナルドが)フィレンツェ最高の評価を得ていたヴェロッキオの工房に入ったのは、1467年のことである。

幼い頃から異常な画才を示していたレオナルドは、森羅万象に注目し、それを素早く描き取った。

いつもスケッチブックを携帯し、夜は枕の下に入れて寝た。


 



レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)



師匠のヴェロッキオ(1435-1488)



 



なので、レオナルドが師匠に弟子入りしたのは、15歳。



その時、師のヴェロッキオは、まだ32歳の若さです。



 



なのに、次のようなエピソードが伝わっているんですよね。



 



ヴェロッキオはこの少年の才能に驚嘆し、「キリスト洗礼図」の左半分を任せ、自分が右半分を受け持った。

出来上がって見ると、弟子の方がずっと見事な出来栄えだったから、師匠はその後、画筆を取らなくなった、とヴァザーリは伝えている。


 



 



「キリスト洗礼図」というのは、↓この絵ですね。



Andrea_del_Verrocchio,_Leonardo_da_Vinci_-_Baptism_of_Christ_-_Uffizi.jpg


 



左半分をレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた、とありますが、



厳密に言うと、いちばん左端の、振り返っている天使の子が、レオナルドの作らしい。



 



CMCqII8UcAA4aDo.jpg


この画像ではタッチの違いがよくわかりませんが、



以前とあるテレビ番組で、上の絵の全体を映した映像を見たのですが、左端の天使の子だけ、明らかにタッチが違うんですよね。



光り方の加減と陰影のつけ方に違いがあるようで、この子がいちばん目立って見える、というか、浮き上がってくるような立体感と存在感があるんですよね。実物を見たら、その違いがいっそうよくわかるであろう、明らかな違いが見られる。



 



そういう違いを実際に知ってみると、この絵を弟子レオナルドに手伝わせてみたら、自分以上の腕前を見せられて衝撃を受けて、師のヴェロッキオが以後、筆を取らなくなった、というのも、本当のことなんだろうなーと感じさせられますよ。



 



 



モンタネッリの「ルネサンスの歴史」は、文章表現が面白いので、エピソードをいろいろと知りながら読まされているうちに、ドンドン読んでいってしまうんですよねー。



 



例をあげると、レオナルド・ダ・ヴィンチの天才性を表現するのに、こんな書き方をしています。



 



かれは疲れを知らぬ働き手で、描き彩る他に、数学、物理、天文、植物、医術の論文を貪り読み、飽きれば馬を森へ乗り入れて長い散策を楽しみ、あるいはリュートを弾いて歌を歌った。


 



なんでも出来ちゃう人だったんですねー。さすが万能の天才!!



 



それからレオナルド・ダ・ヴィンチは、完成作が少ないことで有名ですね。



そのことが、次のような文章で説明されています。



 



かれの作品の多くが完成を見ぬままに放棄された。

この画家は自作に満足したためしがなかった。描いてはやり直し、前金をポケットに収めて、締切期限に無頓着だったから、たいていの注文主は頭に来た。

とにかく、期限通りに出来上がったためしがないのだから、注文主は、かれほど芸術的良心の強くない他の画家に、あらためて注文し直すことになった。

それでもレオナルドは気を悪くしなかった。実際に描きあげる作業は弟子に任せたっていいと思っており、それよりもアイデアの方が大切だと考えていた。


 



理想主義者で完璧主義者だったのか、絵筆を取っても、途中で描くのをやめてしまったり、そして別のことに次々と手を出したりと … そういう人であったらしい。



やりたいことが多すぎて、絵だけに没頭できなかったのかもしれません。



 



だから、かような評価を得ることになってしまったのでしょうね。



 



哲学や神学にも情熱を感じたが、深く研究するだけの時間がなかった。

あまりにも多くのことに一時に興味を持ったから、どれもこれも、本質を洞察するに留まらざるを得なかった。

しかし、本質を見抜く直感力には素晴らしいものがあった。


 



ふつうは、どの学問も、一人の人間が一生かけて研究努力しても、その本質を見極めることは難しい。



けれどもレオナルド・ダ・ヴィンチは、宗教から哲学、芸術に科学に医学に天文学に … と、あらゆることに研究の目を向け、興味を持っていたわけです。



 



それでも人生の時間は限られているから、すべてを詳細に極めつくすことは到底できなかったのだけれども、ただ、それぞれの学問の本質は、直感的に見抜いていたと。



 



諸学問それぞれの本質を、直感的に掴んでしまっただけでも、十分に天才と言うしかないですけどねー(笑)。



レオナルド・ダ・ヴィンチのような万能の天才は、10人くらいに分裂して別々に生きるくらいで、ちょうどいいのかもしれない。そのくらい魂のエネルギー量が大きいというか、才能の泉が広く深い、ということなのでしょうね、きっと。



 



他にも、興味深いエピソードが沢山書かれていますので、ルネサンス時代の巨人たちの人となりを、ざっと知りたい人は、このモンタネッリの「ルネサンスの歴史」、オススメですよ。



 



 



 



 



 



 




ブログパーツ
【関連する記事】
posted by ガンレオ at 13:52 | Comment(0) | レオブログより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。