2017年02月25日

【レオ】サイコパスについて その3 〜ぽん吉という名のサイコパス〜

サイコパスには人間的な感情が欠落していると言っても、すべての感情を失っているわけではありません。確かに恐怖や不安は感じにくいのですが、負の感情のすべてが低下しているということではないのです。  

たとえばサイコパスにも「妬み」の感情はあります。

 


サイコパスは、感情欠落しているように見えるといっても、「嫉妬」の感情はあるようです。


自分が関心を持っている領域で、妬む相手がいると、激しく嫉妬する。


自己中であり、自己肥大が過剰であるサイコパスの嫉妬は、むしろ、ふつうの人以上に猛烈な嫉妬感情を彼らに与えさえするのかもしれません。


自分がいちばん目立ちたいのに、相手にされず、他の人が注目されていることほど、彼らにとって許し難い、自己への攻撃は無いからでしょうか。


その嫉妬自体が、エゴによる誤った感情なのですが。


 


サイコパスは自分自身を「強く、自立的な一匹狼」として捉えている

 


 


これも、他人への共感感情を持たないから、みずから孤立を招きがちな、サイコパス特有のエゴでしょう。


孤立していることを、自分の性格が原因だとは考えずに、自分はアウトローの一匹狼なのだ。自分はあまりに優秀すぎるので、誰も自分のことを理解することが出来ない、自分は誰にも理解されない天才なのだ。


みたいな感じで、彼の強烈なエゴは膨れ上がり、その心の中は傲岸不遜の自惚れで、実は膨れ上がっている。


しかし、それを表に出しては、ますます他の人から嫌われるので、見せかけ上は、謙虚なふりをしたりするのだけれど、それは口先だけの話でしょう。


自分など大したことがない、などと口では言っても、心の中は、自分こそヒーロー、傑出した人物なのだ。なぜ世間はそのことがわからんのか。


などと思いあがって、そのギャップに苦しんでいるのかもしれません。


 


P吉も、独りよがりの「われ独りにて立たん」みたいなカッコつけしいセリフを、しばしば使ってましたが、これがまさに、自分を「強く、自立的な一匹狼」に見立てようとの、エゴ心理そのものです。


 


 


自分には社会のルールを破る権利が与えられている──サイコパスはそう信じている

 


 


社会の常識やルールを平然と破るのは、彼らがあまりにも傲慢で、自分勝手だからでしょう。社会のルールや法よりも、自分一個の意志と行動が上である、優先されるのだ、といって思いあがっている。


 


ドストエフスキーの「罪と罰」では、主人公のラスコリニコフは、天才や偉人は社会のルールを破る権利がある、資格があるのだ、といった過激論文を書いて、それが彼の敵たる判事の目に止まり、怪しまれるんですよね。


その主張そのものが危険思想なのですから、当然、怪しまれてしかるべきでしょう。


 


ルールを平然と破る人間は、なぜそんなルールに自分は縛られないといけないのか。そんなルールは関係ない、オレは自由だといって、好き勝手な行動をしたがりますが、


そうした自分勝手主義は、自由とは何の関係もない、悪魔の論理ですね。


かつて1億年以上昔に、悪魔が人々を惑わした、お前たちは自由なのだ、神でさえその自由を邪魔することは許されない、そうした自由なのだ、といった悪魔の自己中にすぎません。


 


ロバート・ヘアは「サイコパスも良心の呵責や罪悪感を口にすることがある」と言います。しかしそれは実際に心が痛んでいるからではありません。他人から責められたときに「自分が悪いと感じているように見せる」ことが有効な処世術だと理解しているからです。

 


 


ロバート・ヘアという人は、サイコパスという概念を世に広めた犯罪学者です。わたしも著作をかつて読んだことがあります。


 


彼らは、良心の呵責や罪悪感ですら、見せかけの演技で、それがあるように見せかけるんですよね。


本当は、良心の呵責など全く感じておらず、罪悪感など持ってもいないのに、自分でも、これはいけないことだと思っていますよ、でも正義のためにやるしかないんです、自分が悪役になってでも暴れるしかないのです、などという詭弁論理を立てて、自己を正当化しようとする。


しかし実際には、自分が悪いことをしているなどとは、さらさら思ってやしないのです。世間を騙すために、さも悪いことをしている自覚があるかのように見せかけているだけ。世間をも欺こうとするのが、サイコパスの常套行為なんですよね。それが彼らの処世術なのですから。


 


彼はサイコパスが一般人とは異なる言葉づかいをすることに注目していました。文の構造、語彙の選び方、しゃべる速度、リズムが違う、というのです──この点に注目した後世の研究者たちが、r-a-p-e(強姦)といった単語を用いてサイコパスに情動反応が起きるかの実験を行うことになります(実験結果については第1章参照)。

 


 


サイコパスの中には、性的な言葉や、暴力的な言葉に、過剰反応するという特徴がある人もいるそうです。


なので、文面の中にr-a-p-e(強姦)という単語を入れて、それを読ませたりすると、ふつうの人は、まったく気づかずに読み飛ばしてしまうところが、サイコパスはその単語を読んだ途端に過剰な反応をするそうです。脳波の変化、つないだ機械のメーターの針が、激しく振れる、ということです。


どこぞの誰かも、性犯罪などに異常な執心を示していますよね。典型的なサイコパスの特徴を示している。そう、観察することが出来るかと思います。


 


 


 … つづく。


 


 


 




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posted by ガンレオ at 08:24 | Comment(2) | レオブログより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Posted by kkkkk at 2017年02月25日 12:45
2010年に幸福の科学カテゴリに登録した時から、ぽん吉(当時は激誠神風を名乗っていた)が異常者であることは、周知の事実でした。

性犯罪や気持ち悪い画像を貼りまくりの、精神異常者ブログでしたので。
あまりの異常さに、信者にそんな人間がいるなど信じがたい、というほどのキチガイぶりだったので、みな関わりを避けていた、というのが実態でした。

結果的には、わたしレオが鉄槌を下して叩き出してやりましたが、邪霊に翻弄されてるだけの霊障者に、信者を名乗らせるわけには行きませんから、ぽん吉がアンチ化したのは必然の結果だったというしかありません。
元々、中身はアンチだった、ということです。

自己変革の意志なき人間は、信者ではいられない、というのが当会発足時からの戒めなので、ぽん吉が退転するのは当然なんですよね。
あのようなキチガイが信者であるはずもなく、信者があのようでは教団自体が疑問を抱かれてしまうので、
そのキチガイを葬り去った、わたしレオの戦いは、正義の戦いであった、ということが立証されたかと思います。
Posted by レオ at 2017年02月26日 00:33
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