2017年02月24日

【レオ】楽しい時も、苦しい時も、流れ去ってゆく時の中にある … 

楽しい時は、ずっと続いてほしいものだと思うけれど、
そうは行かずに、流れさってゆく。
楽しい時ほど、あっという間に、流れ去ってゆくようにすら感じるものだ。


ふつうの日々は、ふつうに流れさってゆく。
毎日毎日のルーティンをこなす時間は、平凡な日々だ。
平凡な日常は、当たり前のように繰り返され、現れては過ぎてゆく。


厄介なのは、苦手なことが眼前にあらわれる時 … 。
明日は〇〇があって嫌だなー。明日が来なければいいのに … 。
なんて思ったことは、ありませんか?

けれども、そんなイヤな日であっても、待ってはもらえず、
明日が来ると、遠慮なく目の前に現れてくる。
厄介ごとの真っ最中には四苦八苦で、人は夢中で頑張るしかない。


けれども … 、
そうした厄介な時間であっても、やがては過ぎ去ってゆく。
その一日を頑張って乗り越えれば、またふつうの明日がやってくる。
休息のとき、やすらぎの時、楽しい時が、またやってくる。

時は過ぎ去ってゆく。目の前に現れては過ぎ去り、
人は、永遠の時を生きてゆく。

困難を乗り越えたとき、
人は新たな力を手に入れているものだ。
厄介ごとは、努力して乗り越えるうちに、いつしか苦手なことではなくなっている。
かつて苦手だった問題が、ふつうの問題に変わっている。
それは、自身が成長したから。魂の力が成長したからだろう。

だから、今度現れるときは、それは厄介な時間では、もはやない。
それは、ふつうの明日になっている。
苦手な問題が待ち受ける明日は、来なければいいのに、ではなくて、
なんの心配もない、ふつうの明日がやってくるだけのことだ。

そこにもはや、心配はないし、不安もない。

逃げていては、魂の力は成長しない。
苦手なことは、いつまで経っても苦手なことで、
いやな明日が来るのを、何度も怖れなければならなくなる。

しかし、その問題に挑戦して、克服した勇者にとっては、
魂の成長という褒美があり、
怖れていた明日が、怖れる必要のない日々に変化するという、
面白い体験が得られるものだ。

困難は、
自分の力を鍛えるための、肥やしであり、砥石であり、
人の魂を鍛えるための、課題に過ぎなかったことを、知ろうではないか。


人はそうして、永遠の時のなかを、生きている。
楽しい時も、苦しい時も、ふつうの時間も、
目の前に現れては、過ぎ去ってゆく。

諸行は無常である。
あらゆることは常ならず、流れ去って、時を刻んでゆく … 。

仏さまの創られた世界は、なんと素晴らしい世界であることか。
その世界の奥にある仏の慈悲を知ったとき、
人は、感謝の心を持たずに、いられなくなってくるのだと思う。

世界と、人々の存在と、仏さまの慈悲に、感謝して、生きよう。





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posted by ガンレオ at 07:13 | Comment(2) | レオブログより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
同意
頑張ってください
レオさんの記事には励まされてます。私もなにか始めようかな。
Posted by たんたん at 2017年02月24日 07:34
コメントありがとうございます。

なによりの褒め言葉です。感謝感謝。

ブログを始めるとよろしいです、笑。
信者ブログが増えるといいなーと、いつも願ってます。
Posted by レオ at 2017年02月24日 09:18
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