2017年02月03日

【レオ】感想「UFO超古代文明対談 南山宏×並木伸一郎」

UFO超古代文明対談 南山宏×並木伸一郎 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス) -
UFO超古代文明対談 南山宏×並木伸一郎 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス) -

南山宏という方は、UFO研究家&SFの翻訳で、名前を知っている方です。

この対談は、雑誌「ムー」を発刊している学研で企画、出版されたものですね。
わたしは、「ムー」が創刊された頃を知っています。というか、創刊当時から読んでいましたよ(笑)。まだ子供のころでしたが、UFOや霊界情報、超能力や超古代文明など、摩訶不思議な話が盛り沢山の「ムー」に衝撃を受け、しばらくのあいだ購読していたものです。

スウェーデンボルグの霊界探訪を知ったのも、この「ムー」によってだったし、エドガー・ケイシーのライフ・リーディングの存在を知ったのも、「ムー」のおかげ!
雑誌「ムー」が教えてくれたことは数多く、懐かしい思い出と学びを与えてくれた、ありがたい雑誌だったと思います。

南山宏という人は、当時、こうした不思議や謎を扱った海外の書籍を翻訳していて、何冊か読んだ覚えがあります。
対談にも出ていたけれど、チャールズ・バーリッツという人が書いた「謎の海域バミューダ・トライアングル」ですか。ベストセラーになったそうですが、これも不思議な有名事件で、この海域はアトランティスがあった場所ではないか、とか、そういった話を聞きますね。アトランティスにあった何かしらのパワーがそこの海底に沈んでいて、それゆえこの海域では、飛行機や船の消滅事件が起きてしまう、とか何とか。

バーリッツが書いたのか忘れましたが、「フィラデルフィア実験」の本も、たしか同じ出版社から出てたような覚えがありますが、アインシュタインも参加してたんでしたっけ、あとはニコラ・テスラの理論を使って、軍艦がレーダーに引っかからないための実験が行なわれた。強力な電磁場を創り出して、レーダーに引っかからないための軍事技術の開発実験を行なってみたら、なんと軍艦そのものが消え失せてしまったという例の事件。
映画にもなってますね。「フィラデルフィア・エクスペリメント」。
その後もこの実験はひそかに続けられていて、その実験の副産物として、時空を超える技術が発見されたという、そんな話も、矢追純一の番組でやってましたっけ。真実はどうであるのか定かではないけれど、番組は確かに面白く、ガン見してしまうような面白内容でしたよ。youtubeでも上がってたなあー以前まで。

対談中で面白い話題がいくつも出ているんですが、

わたしが初耳だったのは、「日本空飛ぶ円盤研究会」についての話題でした。
この研究会には、星新一その他、数多くのSF作家が加入していたんだそうです。しかも後に有名SF作家になる人たちが、まだデビュー前の無名時代に参加していた団体らしい。
要するに、SF作家がUFOや宇宙人に興味を持って集まったのではなく、その逆で、UFOや宇宙人に興味を持った人たちが、のちにSF作家になったのだというね。
アダムスキーが出したUFO&宇宙人の本を、この会の会員はみな読んでいたそうです。
SF作家的空想がもとで、UFOや宇宙人の話が盛り上がったのではなくて、あくまでも、ノンフィクション扱いのUFOや宇宙人ネタがありきで、そういうものを素材として、彼らは想像力をたくましくして、いろんなSF小説を編み出したのだろうという、逆説ですね。これは、なるほど、と思いました。

ちなみに、この「日本空飛ぶ円盤研究会」には、三島由紀夫や石原慎太郎も加入していたそうですよ。天体望遠鏡のそばに集まって、UFO観測をしていたらしい写真に、三島由紀夫が確かに写っています。三島由紀夫は「美しい星」という、宇宙人テーマの小説を書いていますしね。


UFO&宇宙人ネタといえば、よくテレビで、信じる側と信じない側に分かれて、大激論をする番組があったでしょう。
信じる側の代表は、たま出版の社長、韮澤潤一郎。
対する、否定論者の代表は、大槻教授。
ふたりの議論は、茶化し目的でしかないような、番組での取り上げ方でしたが、大槻教授の突込みに、まともな返答が出来ない韮澤さんがどう見ても不利で(笑)、あれではUFOを信じる人間がまるで馬鹿みたいに思われてしまうであろうような「印象操作」であり、そのための代表二人のバトル設定でしたよねー。
このあたりを指して、南山宏さんは、この対談でつぎのように述べている。



否定論者たちはよく、人格攻撃的な手段を使って相手をやりこめるような否定の仕方をしますよね。
ああいうやり方を見ていると、「お前は他人の人格を貶めていいほど立派な人間なのか」と突っこみたくなります。 いまでは、否定論者とは議論もしたくありません。昔はカチンときて、テレビに向かって突っこむこともよくありましたがね(笑)。韮澤潤一郎さんとか、テレビで見ていてかわいそうになってしまうんです。お相手の学者さんは先生と呼ばれるのに、韮澤さんは道化役させられて……(笑)




韮澤さんって、悪い人ではないと思うんですけどね。けれども不思議なものを信じるあまりに、なんでもかんでも事実のように、証拠不十分であっても、のめり込んで主張してしまうから、否定論者から見たら、説得力の無い、あやしい人に見えてしまう。
ので、この南山さんも、韮澤さんに同情しながらも、かといって、韮澤スタンスを認めているわけではないのが、微妙といえば微妙ですが。

一方の大槻教授に関しては、南山さんは次のように述べている。



UFOや超能力の否定論者としてテレビで売っていた例の早大のO教授は、「UFOや超能力を本格的に研究している科学者などはいない。自分だけだ」と言い張っていますが、テレビでそう言った時点でウソをついていることになります。
自分だけといっても結局は否定論者ですがね。一般人ならともかく、ああいういい加減な発言は科学者の風上にも置けませんね。




と、辛辣です。
この発言が出る前には、欧米でUFO研究を真面目にしている多くの科学者の名前と発言が取り上げられているんですよね。で、その流れでもって、大槻教授はそういう事実すら知らないで、UFOに本格的に(否定的に)取り組んでいる科学者は自分くらいのものだろう、なんて自惚れていると指摘されているわけです。

この南山宏さんの発言は、他にも興味深い発言がたくさんあるので、一部紹介しましょうか。



科学者が<偶然>という言葉を使ったら、わたしは信じないことにしています。
偶然などという言葉で説明できるわけがない。そこには何らかの必然性が働いているはずです。




これも、わたしは大いに賛同しますね。<偶然>という言葉は、きちんとした説明を出来ない場合に、説明を抜きにして誤魔化すための<言い逃れ>のような言葉にすぎないな、としばしば思います。
霊的な真相や裏側を知らないで、単にこの世の現象だけを見てみたら、それは<単なる偶然>に見えてしまう。
けれども霊的な真実を知れば、そこにはきちんとした原因や理由があって、偶然でも何でもない。必然ですね。真実の背景を読み取れない場合に、偶然という言葉を使って、軽く片付けようとしてしまいがちですが、身内が亡くなった時に感じる虫の知らせであるとか、夢のお告げですね、その他いろいろ、不思議な<偶然の一致>みたいなものも、その多くは、霊的真理を知ってみれば、きちんと説明のつく<必然>なんですから。

以前、ガンちゃんと話した時に、わたしが言ったんですが、
「<偶然という言葉に気をつけよ>って言葉もあるしね」と言うと、
ガンちゃんが「名言だな!誰のことばだ?」と聞いてきたので、

「俺の言葉だよ」と返事しておきました(笑)。
偶然、偶然、言うやつの言葉は信用できないと。要するに、その奥にある神秘を考えていない人間の、言い逃れのための言葉だよねー、偶然っていうのは、科学理論で使った場合、大抵は<逃げ>の言葉。それ以上、説明がつけられないときに、<偶然>が重なってそうなった、とかいって、説明にもなっていないウヤムヤ誤魔化しで逃げている。そういう使い方が非常に多いな、というのが、二人の一致する意見です。

南山さんの言葉、他にはこんなのもあります。



現在の科学界では異端視されているようですが、あれは結局のところ、経験や行動から蓄積される情報が宇宙のどこかに、たとえばエドガー・ケイシーのいうアカシック・レコードのようにひそかに集積されているという仮説です。
これについては量子物理学者たちも本質的には同じことを語りはじめています。
神智学者のマダム・ブラヴァツキーにしても同じですが、彼らは決してインチキで言いだしたわけではなく、そんなアカシック・レコード的な何かから、何らかのインスピレーションを受けて、つまり特別な情報が入って来て、そういうことを言わされたり、書かされたりしたのだ、というのです。




地球から見た、太陽の見かけ上の大きさと、月の見かけ上の大きさが<同じ>だというのも、<偶然>で片づけるのは安直でしょう。そういう言葉も出てきます。
太陽と月の大きさは、まったく桁違いに違っているはずなのに、なぜか地球から見たら、ほとんど同じ大きさに見えるわけです。遥か遠くにある巨大な太陽と、近くにある小さな月なので、地球から見ると、たまたま同じ大きさに見える。というか、ほとんど同じ大きさになっているという不思議ですね。
これが同じサイズだからこそ、太陽の前に月がピッタリとはまってさえぎって、皆既日食なんて現象が起きるわけで、月が圧倒的に大きく見えるのだったら、太陽はもっと完全に隠れてしまって、皆既日食も金環食も出来ようがありませんからね。
これを<偶然>で片づけるのか。それともそこに、地球や月、太陽をつかさどる神霊の、意図をもった表現を何か読み取るかどうか。そういう風に作っている存在がいるのだと、考える知恵を持てるかどうか。隠された宇宙の秘密や神秘を見抜く、悟りの視点といってもいいかと思いますけどね。そういうものを、大宇宙の神霊は、さりげなく<不思議な一致>という神秘でもって、人類にヒントを与えているのではないでしょうか。


小保方さんのバッシング事件に関しても、南山さんは同情的です。



南山 例の小保方騒動はちょっとかわいそうでした。
ひょっとしたら彼女にはある種の超能力があって、自分の意識でああいう細胞をつくりだしたのかもしれない、なんて思ったりします。まあ、そんなふうに思うのは私だけかもしれませんが。
でも、あの人が最初からインチキを仕組んでやっていたとは、とても思えません。

並木 想念が作用したのかもしれませんね。




UFOや宇宙人といった摩訶不思議なものを信じる人は、単純な否定論者より、よほど緻密に思考して、その成否を検討しているのがわかります。
むしろ、単純否定論者こそ、否定の理屈がありきたりで月並み、遥か昔の唯物主義者と同じような視点でしか否定できていないですね。目に見えないから信じない、存在しない、とかそんなの。
紀元前から唯物主義者がよく使う、幼稚な否定のための論拠ともいえない論拠が多い。

目に見えない神秘を信じ、認め、それをさらに理論や思考によって論証していくのは、ひじょうに難しいことですよ。次元が上の世界を、下次元の三次元的な視点ですべて説明しつくすのは無理ですからね。
<信じる>という部分がやはり残らざるを得ないし、その飛躍の視点が持てない人は、三次元から抜け出せない哀しさの中にある、としか言いようがない。

それでもなお、信じる人は、さまざまな間接証明や、人間としての信用力、説得力などをもって、こうした神秘の世界を、世人に伝えようとして頑張っている。
宗教の活動もそうだし、形而上学などの高次の思索内容もそう。イデアの世界の真実を伝えること。

そういう道へのいざないとして、雑誌「ムー」や、これらの人たちの働きは、確かに大きな役割を日本で果たしてきたな。というのが、わたしの感想と評価ですね。

自分に多くの知識と視点を与えてくれた、雑誌「ムー」と執筆者たちに、感謝!!(笑)



ブログパーツ
【関連する記事】
posted by ガンレオ at 08:38 | Comment(0) | レオブログより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。