2017年01月29日

【レオ】コピペとは、他人に考えてもらうことである 〜LEO幸福人生のすすめ(2016/9/23の記事)より転載〜

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http://ameblo.jp/space-people/entry-12202671050.html

スマホやネット依存の危険性についての御法話が随分とあったので、今まで自分で書いてきた関連記事をあらためて見直して、再度、考えてみました。

大学の先生の発言で、インターネット利用者の考え違いが、よく指摘されています。
これはアメリカでも日本でもそうですが、ネットから拾ったコピペを貼って、レポートや作文を済ます傾向がある、とのこと。
そういう学生は、考える力が鍛えられていない、自分で考え、自分の言葉で語る力が身に付いていない、という指摘ですね。それが問題だと述べている人は多いです。

「ゾウの時間ネズミの時間」の著者、本川達雄さんも、つぎのように述べていました。



コピペはダメダメづくし  

ものを書くという作業にも、より速くという効率主義が入り込んできています。他人の文章をコピーしてそのままペーストしてレポートを作る学生が出てきて問題になっていますが、これも効率主義の表れでしょう。

書くという作業は時間をかけ、考え考え書くものです。他人の考えに同意して同じような文章を書くにしても、手で書き写すなりキーボードをたたくなりしていく間に、他人の思考の流れを追体験するのだし、書き写せば、それなりに自分の言葉に替えたり省略したりもするものです。内容を理解すればするほど、おのずと丸写しにはなりません。  
コピーペーストでそのまま印刷するのでは、そういう写しながら元の文章を理解していく時間が省かれてしまいます。  

書き写すといえば写経があります。これは丸写しする作業ですが、時間をかけて言葉を書き写す作業を通して、お経の有難みが身に染みこんできます。写真機で写経してもだめなのです。
コピペのレポートは、オリジナリティーがなくてだめという以外に、コピーされる相手の考えをきちんと理解し、その考えに共感する時間をもたないからだめなのであり、それは結局、その考えが自分のものとなっていないからだめであり、かつ相手に敬意をはらっていないからだめなのです。

(「人間にとって寿命とは何か」より引用)




とのこと。
これは私も同感です。
わたしもニュースや幸福の科学サイトの情報を、多くの人に知ってもらおうと、自分のブログにコピペしたりしてきましたが、やはりこれは本道ではないし、あくまでも紹介の意味しか持たない作業ですからね。よって、サブの意味しか持たせていないつもりです。

何しろ自分で書いているわけではないので、書いているのは、誰か他の人です
その人が、さまざまな勉強をして、自分で考え、自分で言葉を選んで書いた労作ですからね。それをコピペするというのは、紹介の意味はあっても、自分で書いた作文ではないから、所詮は借り物の情報に過ぎません。情報の受け売りに過ぎない、ということですね。

実際、自分で考えて、文章を書くというのは大変な作業です。
何しろ、まずは最初に、自分の勉強がなくてはならない。一つの記事を書くためには、その十倍から場合によっては百倍くらいの勉強が必要でしょう。
それだけの勉強があって初めて、自分なりの考えや理解を、自分の言葉でもって語ることが出来る。
書くのにかかる時間は、一記事あたり、30分から1時間はかかるでしょう。
そして書いたら書いたで、書いたあとのチェックも必要ですからね。誤字脱字がないか、文章におかしいところがないか、再確認して初めて、他人さまに見せても恥ずかしくない文章がアップできる。
内容があって、の話ですけどね、むろん。

それだけの労力と時間をかけて、初めて自分で書いた文章というものは出来上がります。

しかるに、他人さまの書いた記事をコピペするという作業にかかる時間は、たかだか数分のものでしょう。
パッと記事を読んで、ああ良い記事だな、コピペ!!3分もかかりません。
すでにアップされている他人の記事なので、誤字脱字のチェックも要りません。楽チンです

けれど、それだけ楽々できるということは、自分では大した努力をしていない、ということですから、付加価値などあろうはずもありません。
紹介の意味はあっても、労作とは言えませんし、その記事が良い内容だったとしても、偉いのはその文章を書いた著者であって、コピペした人は単なる紹介者に過ぎないでしょう。

以上のことを踏まえれば、ひとつの記事を自分で書くことは、コピペを100個するよりも遥かに大変な作業であって、なおかつ価値のある仕事であると、わたしは考えます。
そもそも、コピペの元になるオリジナル記事というのは、みなそうやって自分で努力して書かれた自作記事のはずですからね。元の記事を書くには大変な努力がかかっているのだということを、よく知るべきでしょうし、敬意と礼儀をもって対するべきでしょうから。
そこには個性の刻印があり、その人個人のオリジナリティーがあって、ゆえに付加価値がある。
だからこそ、どうせブログをやるなら、このあたりをよくよく考えてやるべきだと、わたしは思います。
コピペも結構だけれども、コピペが9割10割では、自助努力など無いに等しいのではないでしょうか。自分で考える力、発言する力は、1ミリだって成長してないかもしれません。そういう点に、注意が必要だと思います。


関連記事

読書とネットと考える力
http://ameblo.jp/space-people/entry-11963617054.html


自分では語るほどの独自意見を持っていない、だから偉い人に代わりに語ってもらう、ってどうなの?
http://gunleo.seesaa.net/article/446771339.html


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posted by ガンレオ at 00:22 | Comment(0) | レオブログより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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