2016年04月28日

【レオ】ネットサーフィンは情報収集レベル、知識・智慧にまでは至っていない、という注意点

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「智慧の法」が発刊された去年2015年末に書いた記事ですが、
いまでもネットの問題点について、総裁先生、カント、ほか霊人から、さまざまに注意点・問題点が語られているので、それをふまえて再掲しつつ、今後もよくよく注意していきたいと思います。


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幸福の科学信者にとっては周知のことですが、今年は「智慧の法」の年。

書籍の「智慧の法」は多くの人に読まれていると思いますが、その「智慧の法」の講義が、ここ数ヶ月のあいだの「幸福の科学月刊誌」で連載されています。
その中で総裁先生が、情報・知識・智慧の関係を述べられておられて、ネットの情報散策すなわち、ネットサーフィンのことにも触れておられました。

詳しくは月刊誌を読んでいただくこととして、
わたしはネットを利用してブログをやっている者として、ネットでの情報収集に関して思うことを、述べてみたいと思います。

ネット中毒とかいう言葉もありますね。
パソコンを開くと、すぐにネットにつないで何時間もあちこちのサイトを見ては、時間を過ごしてしまっている。海のサーフィンになぞらえて、ネットサーフィンなどと言われておりますが、これをもって様々なデータ収集をしている、自分は勉強をしている、いろんな知識を集めていると思っていたら、実はそれは、単なる情報を収集しているだけのことに過ぎなかった。知識以前の「情報」でしかなかった、という問題点。

ネットサーフィンやネット中毒というのが、否定的な意味合いで使われるのは、こうしたネットの情報収集というものは、ある意味、テレビ番組を受け身で次々と観て、時間を潰してしまっているのと一緒で、そこに観ている側の主体性が欠けているからだと、わたしは思うのです。

自分自身で目的意識をもって、一定の番組を視聴したり、ネット情報にアクセスして調べるというのならいいのですが、多くの場合、単に何となく画面を眺めていたら、面白そうな記事がある、ニュースがあるといって、クリックしてはその先を覗いてみる。
で、いろんな情報が入ってくるわけですが、これは外的刺激に反応しているにすぎないわけで、自分自身の内面から出た知的欲求からの探究にはなっていない。いわば情報の側に振り回されてしまっている、という状態なのかなと思われます。

例えて言えば、何かのブームや流行りというものがあります。
今年は大河ドラマで、花燃ゆ、がやるという。その番組を見て、幕末史に関心をもって、他の人物についてさらに調べてみるとか、本を読んでみるとか、いろいろ周辺のことにまで興味を広げていったら、そこには幕末というテーマに関しての、自分なりの認識というものが広がっていくと思います。

けれども、花燃ゆ、を見たら、それだけで完結してしまって、そのあとは別のテレビ番組を見てしまって、花燃ゆから広がっていく、さらなる探究の道へは踏み込まなかったりする。
で、翌年は翌年で、新たに放送される大河ドラマを見るけれども、それもそこで完結してしまってる、というのだと、NHKの放送企画に合わせて、見せられているだけの話であって、そこに自分自身の主体的な関心の持ち方というか、身の処し方が欠けているように思う。

ブームに振り回されるとか、世間で流行っていることに自分を合わせることばかりに忙しくしていると、自分自身の主体性というものが失われている、ということに気づかないでしまう。
外的に、外から次々とやってくる、企業の戦略やメディア媒体の発信物に、条件反射的にその都度リアクションしているだけのことであって、

果たしてその情報にアクセスすることは、いまの自分に本当に必要なことなのかどうか。
自分の内面的な要求、心が求めている世界への、探究の道につながっているのかどうか。
そうしたことがなおざりになってしまっていて
、ただ単に外からやってくる情報の洪水に、次々と反応して消化しているだけになってやしないか。
そういう問題点があるのかなー、と思うのです。

それキッカケで、その道への関心が広がっていくなら、それはとても大切なこと。

けれどもやはり大切なのは、自分自身の持つ目的意識なり、主体的なる関心の持ち方、そうしたテーマを掲げての探究でないと、集めた情報が、自分の血肉となって結晶化し、やがて知識へと昇華され、それが智慧にまで至ることは難しいのではないかなぁと思います。
なぜなら、外からランダムにやってくる情報の嵐は、必ずしも自分自身の心のテーマ、今世必要としている課題そのものと密接なテーマとは限らないから
外から来るさまざまなものに、振り回されるだけであってはいけない。

ネットサーフィンなども、次々と新情報を拾って、ものを知ったつもりでいても、自分の中でそれらがきちんと整理・統合されていないのなら、単なる雑情報が頭の中に散乱しているだけに終わってしまい、夾雑物に過ぎないものになっているかもしれません。
その情報を、自分はどう理解し、受け止めるのか。自分の人生観、認識体系のなかで、どのような価値を持つものなのか。意味のある情報なのか、些末な一過性のつまらぬ情報なのか。そうした価値判断をしないままに、あちこちクリックするのでは、情報に振り回されてしまって、むしろ自己完成、認識力を磨くことからは遠ざかってしまっている、そういう顛末になりかねないんですよね。

なので私はやはり、自分の主体的な意志、自分自身のテーマをハッキリと幾つか持って、その上で必要なデータにアクセスする、だとか、関連資料を読んでみるとかいった、内的欲求にしたがって探究の道を歩むことが、知の道を歩む際の王道なのではないかと思っています

したがって、ネットやテレビ番組、書籍でさえも、いたずらに世間のブームだとかに乗って、条件反射的に反応しているだけで留まるべきではなくて、やはり自分の側が、自分の心から来る内的欲求をふまえて、勉強するのが大切なのではないか。そう思うのです。


おしまい。



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読書とネットと考える力
http://ameblo.jp/space-people/entry-11963617054.html

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posted by ガンレオ at 10:52 | Comment(0) | レオブログより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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