2016年04月25日

【レオ】時間を奪いにくるものに注意し、重要な情報かどうかを見分けよ <ザ・リバティ2010年2月号より>

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上のタイトルは、総裁先生のご論考のなかの、章題をそのままお借りしたものです。

時間を奪いにくるものに注意し、重要な情報かどうかを見分けよ

若者向けへの、情報摂取時の注意点で触れられていた、インターネット利用における注意点。

詳細は、本文全文を読んでいただいた方が、趣旨をいっそう明確に理解しつつ学べるので、そちらの方がよいのですが。
ブログにての紹介記事、かつ、インターネットの問題点について、総裁先生が述べられている話ということで、その部分を抜粋紹介させていただきたい。こう思います。



今は携帯電話とインターネットの時代になっていますが、ガラクタ情報が非常に多いようです。昔、テレビが流行り始めたときに「一億総白痴化の時代」と言われましたが、気をつけないと、それと同じになります。

携帯やインターネットでも情報は入りますが、それで賢くなるわけでは必ずしもありません。内容のある情報に接すれば賢くなりますが、くだらない情報を相手にしていたら、いくら情報を集めても、やはり同じなのです。



とあります。

家へ帰って、すぐにテレビをつけないといられない性格だと、そもそも「考える」ということが出来ない、とも教わっています。

ひとつのことを集中して、じっくりと考えるためには、沈黙の時間をとって、自分の内面を深く掘り下げて、考えるべき内容をしっかりと考える必要があるはずなのですが、

テレビをつけたり、音楽を聴いたり、誰かと話したり、つねにそうやって外界に感覚を開きっぱなしにしていると、外から絶えず情報が流れ込んでくるばかりで、考える時間がない。

考える時間がないというよりも、外から入ってくる情報に振り回されているというか、翻弄されている、控えめにいっても、条件反射的につねに外界に反応しているだけであっては、
自分の側の、主体的な意志だとか、考えを掘り下げるだとか、心を練るための時間など、まったく無い、ということになってしまう。


情報の洪水の時代にあって、あるいはメディアが氾濫している時代にあって、実は人間は、自分自身を知る、ということが一層、不足するようになっているのかもしれません。


ネット散策でも、刺激的な見出しがアチコチにあって、それを気にしてクリックしては、あちこち飛んでいたら、あっという間に膨大な時間が過ぎていくと思いますが、

果たしてそれらのアクセスや、ネット記事を読むことは、本当に必要なことであったのか。
必要な情報摂取であるのか、時間をそこに投資しちゃって、本当によかったのだろうか。

そういうチェックを案外していない。していない人ほど、無造作にネットサーフィンをして、なんだか色んなことを「知った気になってたり」するのではないかなー。そんな感じがしますね。



くだらない情報を相手にしていたら、いくら集めても意味はないということ。ここは肝に銘じないと、本当に危険ですね。ネット時代の一億総白痴化が進むだけかもしれない。

「智」ではなく、「知」でもなく、「痴」になるだけの情報探索では、それこそ本当に意味がないですね。意味がないどころか、愚かになることを、わざわざやっていることになってしまう。


総裁先生はつづけて、述べられています。



したがって、情報の取捨選択をしなければ駄目です。無駄なものは切っていく努力をしなければ、内容をつくれません。内容は、良質の知識や情報から組み立てられていくので、「これはくだらない」と思うものは大胆に切って捨てる勇気が必要です。

一日の時間は二十四時間しかないのです。



以下、総裁先生御自身は、宗教的なる深い学びを得るためには、どのようにしているかが書かれていますので、それらの核心部分はぜひ、バックナンバーなり、書籍に収録された際に読んでいただきたいと思いますが。


別の号では、頭に記憶できるキャパには限りがあるので、重要な内容を頭に容れたければ、不要なものは捨てていかないといけない、とも教わっています。

関係のない雑情報を山のように摂取すると、ムダ情報で頭のメモリがパンパンとなってしまって、それが重要な学びを覚えることの邪魔になる、ともいいます。

本質的に重要なことをこそ、真剣になって学び、よく覚え、それ以外の消えてもいい雑情報なり、無意味な情報は、たとえ摂取してもドンドン忘れていって構わない。
というか、そうするのが本当に良い学び方なんだそうです。

これは、些末な物事に執着せずにとらわれずに生きる知恵とも、通じる話ですよね。
総裁先生もよく、いま話していた内容であっても、細かなことはもう次の瞬間には忘れている、みたいなニュアンスの話をよくされていたと思いますが、

ここに、本質をこそよく抑え、あとの応用部分や具体部分は、その都度、その都度の判断を終えたら、あとはいつまでも拘らないで流していく、そうした仏教的なる生き方があるのかなー、などとも感じさせていただけますよね。


いずれにしても、ネットサーフィン、ネットにおける情報収集における注意点。

それは本当に「重要な情報かどうか」。そういう視点をもって対処せよ、ということかと思います。

情報があふれかえっている場でこそ、いっそうこの視点は大事だと思います。
でないと、容易に情報の洪水に飲み込まれてしまい、大切なものはつかまずに、どうでもいいものに時間を費やして、なんの学びの時間にもなっていなかった。

そんな顛末になってしまいませんから … 。






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posted by ガンレオ at 16:50 | Comment(0) | レオブログより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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