2016年01月30日

【レオ】ハンドルネームについて語ってみる

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ハンドルネームというのは、ネット上のペンネームみたいなものでしょ。

だから発言場所によって、複数のハンドルネームを使い分けるってことは、別にあってもいいし、不思議でもなんでもありませんが。
それでも、同一人物が使うハンドルネームというのは、ふつう2つか3つもあれば十分なんじゃないでしょうかね?
それが数十どころか、100を超えるようでは、ハンドルネーム乱用病の異常者というしかないし、

そもそもハンドルネーム自体が匿名のペンネームであるのに、なんで怪人二十面相じゃあるまいし、何十個も匿名が必要なんでしょうかね。
このあいだ、銀行強盗を何十年も連続して行っていた犯人の再現映像が、テレビでやっているのを観ていましたが、いろんな形のマスクを所有していて、それを犯行のたびに付け替えて、顔がばれないようにして犯行に及んでいたといいます。

これと同じことで、むやみやたらとハンドルネームを多用して、匿名の中にも別の匿名をつぎつぎと紛れ込ませて、自分の正体を知られたくない、隠しておきたいとする行動の裏には、
なにか相当に「やましい」当人の後ろめたさ、が潜んでいるとしか思えませんよね

ハンドルネームをすでに100どころか、それをさらに超えていまだに増産しつづけているぽん吉こそは、まさにこの症例の最たるものかと思います

ただでさえ匿名なのだから、ハンドルネームなどは、2つか3つもあれば十分ですよね。
違う場所での使用にしたって、別にわざわざ変えずに兼用してもいいわけだから、匿名をそんな何十個もつくる必要はないでしょう。
そんな大量に匿名を作る人間がいたとしたなら、よほどに自分の正体を知られたくない、匿名を山のように積み上げて、その名前の多さの山の中に隠れて、正体を知られずに「悪さ」をしたい
そう、先ほどあげた銀行強盗犯が、マスクを幾十枚も所持して、犯行のたびに付け替えて「悪さ」をしていたように。


以前も、ハンドルネームについては一度ならず、記事を書いているんですが( → ハンドルネームは人なり

自分の発言に責任を取ろうとする、自己責任の立場に立つのであるならば、
たとえ匿名の名であっても、その名の下に発言しつづけるという「覚悟」が必要ですよね。
そのハンドルネームで発言し続けるのなら、その発言に対して、誰かが異論をぶつけてきたとしても、それに対して応える義務やリスクを負うことになりますから。
たとえ匿名のハンドルネームであっても、ちゃんと自己責任は果たせるんですよね。発言に対しての責務は負うことが出来るんです。

しかるに、コロコロハンドルネームを変えて、ぽん吉のように最悪の卑怯者のように、発言のたびに別のハンドルネームを使うようであっては、
その発言自体の責任すら、まったく取る気がないことが、最初から歴然としてしまっているわけなんですよね


次のときには、また別のハンドルネームに変えてるんですから。
それどころか、ぽん吉の場合は、ハンドルネームのところに、ぜんぜん関係ない言葉をつぎつぎと書き込むという、異常さというかキチガイじみた書き込み方法をしているので、

もう何をかいわんや。
コイツは自分の発言に責任を負おうなんて気持ちは、最初からさらさらないんだな、ということが明白なんですよね。最初から逃げの姿勢で書いているんですよ。

その発言をオレがしたという証拠は?
オレは知らんよ、それはオレじゃない、オレの成りすましだろう。
とか言って、いざという時には逃げられる工作をしながら、書き込みを続けているわけです。

やっていることは、ピンポンダッシュみたいなものですよね。
知りもしない他人の家の玄関ベルを鳴らして、迷惑行為を繰り返す。
家人が出てくると誰もそこにはいない。すでにトンズラしているわけです。
そうして人が迷惑をして困るのを見て楽しむ愉快犯ですね。
自分の正体は知られたくないし、押したらすぐにダッシュしてトンズラです。
倫理的にいって自分が恥ずべき、邪悪なことをしている、他人に迷惑をかけているという、自覚と反省がまったく無いんですよね

ぽん吉が、ハンドルネームを乱用して、無数のハンドルネームを使って、ネット上で暴言、悪口雑言、罵詈雑言を繰り返しているのは、
ぽん吉という人間の、無責任体質、他人に迷惑をかけても平気でいる無神経、邪悪な行動をして喜ぶ異常性、こういった特徴がすべて、見事に結実しての、結果であるのだと、わたしは洞察しています。


たとえ、ネット上での、匿名発言であっても、その発言に対しては責任を負おうとする姿勢は、失いたくないものです。
たとえ人間相手には騙せたとしても、すべてをお見通しの神様の前では、他人への成りすましだとか、別人のふりをした別ハンドルネームを多用したとしても、そんな誤魔化しは「無意味」ですからね。
すべてはやがて白日のもとに晒されてしまうはず
であるし、いな、やがてという以前に、すでにいま現在においても、天上界の神々や高級霊の目から見たら「丸見え」であるし、悪魔・悪霊からでさえ「丸見え」でしょう

邪悪な思いと、卑怯なる誤魔化しの心でもって、そうしたハンドルネームを乱用している人間がいたならば、そうした邪悪な人間には、悪魔・悪霊がよろこんで近づいていって、その人物に入り込んで悪さをするのでしょうね
天使や高級霊はそうしたことを決してするはずもありませんから、正体隠しのためにコソコソとハンドルネーム乱用の陰に隠れて、悪さをし続ける人間に、高級霊界からの指導などは絶対に入っていないこと、確実であります。

ネットにおいては、リアルな自分を隠して、仮の姿でもって発言が出来る。
けれども、それゆえに逆に、その本人の本性が露呈して、極端に現れるという特徴もありますね。

ふだんは、まっとうな人間の仮面をかぶって生きていたとしても、心の中は実はエゴに満ちて、邪心でいっぱいだったならば、
そうした人はネットの匿名発言の場になると、ふだん封印している不平不満、自分のワガママ勝手な思いを、好き放題にぶちまけて、周囲の人を辟易させて嫌われることでしょう。

逆に、正しき心の探究を心がけている宗教修行者はどうかといえば、
匿名であるからこそ逆に、自己をいっそうよく律していかないといけない。そう自分に言い聞かせる必要があるのかもしれません。
匿名の陰に隠れられるからこそ、一見「無責任であっても通用してしまう」という誘惑にさらされているわけで、その誘惑に打ち勝って自分を律するためには、よほどに自分に厳しい性格でなくてはならないでしょう。

そうした選択においても、正しい生き方をする側の人間と、間違った堕落の道へ落ちて行く人間の選択には、違いが出るということかと思います。



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posted by ガンレオ at 09:34 | Comment(0) | レオブログより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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