2017年02月13日

【レオ】幸福の科学信者ブログについて考える <2015-02-10の記事>

LEOブログより転載、定期的に再掲している記事です。
http://ameblo.jp/space-people/entry-11987945262.html


たしか以前、ブログについて考える、とかいう記事を4つほど書いたように思うので、
ひさびさに5ということで書いてみようかなと。

ブログって何だろう。
ブログを書くことにどんな意義があるんだろう。

ブログを始めて数年が経つので、そういったテーマがしばしば頭をよぎっては、考えることが多いんですが。

やはり個人の名をもって、ブログ記事というものを書く以上は、その人なりのオリジナリティーというものがあって、なんぼのものかと思います。

誰かが代わりに出来てしまうようなものでは、付加価値が無いというしかないので、
その人なりの独自性、個性的な主張というのが、やはりいるんだろうなと。


幸福の科学信者のブログ、という点から、思うことを述べてみようと思うんですが、

日々あらたに教わったことや、学んだことの宣伝に、ブログというものが何か有効な宣伝ツールとして使えないかな。
当初のブログ方針では、そうした視点があって、拝聴した法話や霊言の感想レビュー、みたいなものをよく書いたりもしていました。

これは今でも、リバティの抜粋法話レビュー記事などに、多くの読者が集まるのを見ても、よくわかることだと思います。
予定表で知った、あらたなご法話や霊言の内容を、いくばくかでも知っておきたい。どんな話があったんだろう。
出来たら直で全内容を知りたいけれども、全部というわけにもいかないし、いずれ聞いてみたい興味あるご法話でも、今すぐには聞けないから、
とりあえず速報でもいいので、ちょっとだけ早く知りたい。そんな気持ちでしょうか。

やはり、幸福の科学の信者だったら、そうした気持ちになるものだし、
その意味で、公式サイトの更新内容には、やはり関心が強いだろうと思われますよね。

公式サイトに出てくる、新ご法話や霊言の題名と、その内容の紹介。
それからリバティwebで出る抜粋レポートなどの速報。
いま話題の時事問題に関しての、当会スタンスの意見なり主張の述べられた記事、などなど。

ここにはやはりニーズがあって、信者なら知りたいと思うものだし、わたし自身もそう。
なので足繁く訪問しては、昨今のことで、何か新しい話があるだろうか、などといってちょくちょく見に行ったりしています。

何か、いまの自分にとって学べるものはないか、重要なお話はなかったろうか。
知っておくべき情報、視点。そういったものを求めて、自分は公式サイトを訪れます。
ニーズのあるところに人は集まる。
幸福の科学の公式サイトの情報は、信者だったら知りたいと思うし、それゆえ人気が集まるでしょう。

では、個人のブログでは、いったい何をやったらいいのだろうか。
ということに、ふと思いが戻るわけです。

信者発信の、ご法話感想メモや、本を読んでの感想、紹介のための文章記事、などというものは、公式サイト発信の正式のものに比べたら、情報価値としてはやや二義的な位置づけになるのかもしれません。

とはいえ、単に日本中の信者みなが、公式サイトを訪問して、個々に情報摂取している、だけよりも、
そういったことをしている信者個々人が、では実際のところ、それらの情報摂取や学びの日々のなかで、何を思い、どんなことを考え、感じているのか。
そんなテーマの記事発信なり、ブログ作成をしていけば
、公式サイトの人気だけでなく、そこを取り巻く信者たちの個性的な意見発表の場として、面白いものが出来るんじゃないか
ひとつの広がりの方向性がそこに生まれるんじゃないか、そんな風にも想像するわけです。

自分もそうですが、そんなオールマイティーに、あらゆるテーマで語れるわけではありませんし、
とはいっても、人間誰しも、自分にとって興味関心の深い分野というか、得意分野といったものがあるはずだから、
いろんなブロガーがブログを立ち上げて、個性的で、のびのびと自由に意見や感想を述べる、そういったブログたちの自己展開、繁栄発展があってもいいんじゃないかなー、とも思ったりするわけです。

信者だからといって、必ず幸福の科学のことを書かねばならない、なんてことはむろんないわけだけれども、
幸福の科学のことを書かなければ、幸福の科学の魅力を伝えるブログにはならないよなー、とも思うし。

今までは幸福の科学のことなど知りもしなかったけれど、
あらたにその存在を知って、幸福の科学から出る話なり、情報なりに、興味をもってくれる人が増えていってほしいなー。
そういう思いがあるとしたら、ブログにても、それを一つの指針にして記事を書いたら、
さらに宣伝力のあるブログが、たくさん生まれるのかもしれないな。
そんな風にも思います。

本を読んだり、支部や精舎に行って話を聴いたり、研修を受けたりして、
そのなかで得た情報や理解が、とても大切なものであり、多くの人に知ってほしいことならば、
それをブログというツールを通して、ちょっとばかり語って発信してみるのも、面白い試みなんではないかと、私は思うのだけれど。

自分の悟りというか、理解力が奈辺にあるのかが露呈されてしまうので、書きにくい。とか。

信者個々人のレベルで勝手に意見発表するのは、おこがましいというか、公式見解から逸脱する恐れもあるから、下手な発言はしないに越したことはないとか、

良識ゆえに、みずからを律する立場もむろんあるのだろうし、
正しき心の探求を行うほどに、ストイシズムというか、おのれを律するようにもなるだろうけれども、

本当に自分が自信があって、お役に立てそうかな、
このテーマなら、自分でも何か面白い感想が書けそうだ、
というものに絞って、あまり無理したり、出すぎたりはしないようにすればいいのだし、

本当に自分の得手な部分に沿ったブログというものを、
各人が請け負って担当すればいいんじゃないかなー、などとも思います。

商店街の繁栄というのは、いろんな種類のお店が並んでいるところに生まれるものだし、
それぞれの店での得意分野があればそれでよく、

靴屋さんでは、よい靴を買うことが出来れば、それでありがたいものだし、
時計屋さんでは、時計の修理が出来たら助かりますし、
お惣菜屋さんでは、おいしいお惣菜が並んでくれてると嬉しい。

そういった役割分担をしつつ、いろんなお店がある方が、お客さんからしたら嬉しいものだし、
個々の店がみな、あらゆる商品をすべて扱っている、なんてラインアップを見せてくれる必要はないんですよね。

それと同じことで、自分にとって、得意な分野に特化したブログを、いろんな人がやるといいなぁ。
そういった個性的なブログがたくさん増えて、多く並ぶようになったら、
それはとても魅力的な商店街のようにも見え、その賑わいが繁栄となり、訪問者の勧誘につながるかもしれないな。

そんな風にも思ったりもするのです。

いみじくも、「智慧の法」では、知的生産の大切さを教わったばかりでもあるし、
良識ある範囲での信者ブログ発信は、どんどんやってもいいのでは、なーんて個人的には受け止めてしまった次第なんですが、ハハハ。

ブログがメインである必要はないと思うけれど、
日々の仕事なり、家庭での役割をこえて、さらに空いた余力の部分があったら、

そんなブログをやってみるのも、何がしかのお役に立てることもあるかもしれませんね。


おしまい。


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posted by ガンレオ at 19:21 | Comment(0) | レオブログより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【レオ】清水富美加さんのこと

芸能界の事務所の「搾取体質」の酷さは、昔から言われていますね。(むろん、まともな事務所もあるのでしょうけれど … )
かつての人気アイドルなどが年配になってから暴露した話などでも、人気絶頂のときですら、ふつうの会社員の新人ほどの給料すら貰えなかった … などという話がよく出ていました。

新人アイドルを売り物にして人気が爆発しても、スズメの涙ほどの給料を払って、眠る時間も与えずに働かせる。

お笑い芸人などでも、売れっ子にならないと、食べることも出来ないほどの、月に一桁台の数万円という話。

芸能界の闇というか、所属事務所が酷いところだと、本当に食い物にされて利用されるだけ、というのは本当のようです。

「およげたいやきくん」を歌った子門真人も、400万枚売れたのに、もらったお金がたったの100万円だったとか、そんな話も聞きましたし、それだけ売れたら歌い手の印税は莫大になっておかしくないのに、番組内の歌ということで、契約上、売り上げに関係ないんでしょうね。売れようが売れまいが歌い手の収入には関係ない。爆発的に売れたら、その儲けはレコード会社と番組の関係者とか、そんな人にすべて渡ってしまう。おかしいなーと思います。世間的には、子門真人が歌ってこその「およげたいやきくん」でしょう?他の人が歌ったレコードじゃ、誰も買わないんだから。なのに、歌った当人には利益がまったくない。その他いろいろあって、子門さんはテレビ関係に出るのも辞めてしまったとか … そんな話ですね。

 

今回の清水富美加さんの件も、当人が言うが如くに、売り出す前は「歩合制」だったのに、売れたら「給与制」で固定給ですか?しかも月額5万円って。休み無しで働いて、寝る時間が3時間しかないなんていったら、ふつうだったら迷うことなく速攻、辞めるのが普通ですよね。どう考えてもブラック企業。超・ブラック企業で、アイドルを働かせて搾取する悪徳事務所というしかない。

これは私の個人的な意見なので、幸福の科学本部の見解とは無関係ですが、ひとりの信者として、許しがたいことだと思うし、そこまで追い詰められていた清水さんの苦しみを思うと、可哀想で仕方がありません。

 

この守護霊霊言も、大川隆法総裁が気になっている、人気アイドルの守護霊霊言の収録、という意味でだけ読んでいたら、実は今回の、この電撃引退と出家のニュースです。

 



これは、この守護霊霊言の収録と、発刊自体が、主による、清水富美加さんの救いの御手ではありませんか。


主はすべての信者を見守っていてくださっており、その苦しみを見過ごすことはないという、まさに証明のような事件だと、わたしは思います。


そして、引退を発表した清水さんの決意と勇気、それをバックアップする幸福の科学本体の愛を、ひしひしと感じます。里村さんが表に出て、清水さんを守る姿勢の素晴らしさを思うとき、幸福の科学が、芸能界に対しても一言もの申す、そうした第一手のように思えてきます。


 


映画や芸術、文学作品、小説、マンガ・アニメ、いろいろと映像メディアがありますが、大ヒットする作品、かならずしも天国的で素晴らしい作品とは限らない、というのは、幸福の科学の信者であってみれば、自明の理のところがありますが。


世間的には、強烈なインパクトや問題提起があれば、いずれも問題作、話題作といって、持ち上げられてしまうところが、たぶんにありますね。


マスメディアの宣伝自体が、そうした善悪の判断を欠いた、センセーショナリズムに拠るばかりのところがあるし、それにそのまま反応してしまう世間もまた、無明のそしりを免れない部分があると言わざるを得ませんしね。


こういうのは「NO!」であると、神さまの目から見たら、明らかな邪悪の思想であり、テーマであり、人間の煩悩を助長するだけの低俗なものであるという一喝が、やはり必要だと思います。


人気タレントになるのは素晴らしいようでいて、自分が出る作品を好きに選べるような人は、そうそういるわけがないのでしょうね。大御所でもなければ、オファーの来た作品に出ざるを得ない。かつてのアイドルにしたって、みな好きこのんで水着になったり、セクシーな姿を見せようとしたわけではないでしょう。けれども事務所から指令が出たら、嫌とは言えないというか、それが当たり前だというような半ば強制の悪しきシステムが存在しているのか。


 


守護霊霊言に出てきた清水富美加さんの過去世を知ると、ものすごく頭のいい天才軍師の過去世もあるようです。この過去世、母親を人質に取られて、自分の意を曲げざるを得なかった、悲しい人生でもあったわけですが … 。わたしは、この人物、とても好きな人物ですので、清水富美加さん、応援したいですね。


幸福の科学の職員として出家なされ、早々に「千眼美子(せんげんよしこ)」という法名を、大川総裁から与えられた点を見ても、清水さんに対する仏の期待と、慈悲の思いが感じられて、期待の星だと私は信じます。


幸福の科学で作られる実写映画への出演だけでなく、アニメ作品にも声優として出演したりと、清水さんの活躍の場は、幸福の科学においてこそ、もっとも相応しい場が与えられると思いますので、是非とも頑張っていただきたいですね。


 


 


 



リバティ記事、紹介
清水富美加さん、芸能活動 引退ではない - 幸福の科学に出家した理由

http://the-liberty.com/article.php?item_id=12576




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posted by ガンレオ at 17:34 | Comment(0) | レオブログより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする